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溶けない雪は溶かしていかないと生きていけないのだ
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アピア・マスター 伊東哲男
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春だ。暦の上ではすっかり春だ。その筈だが、三寒四温どころか五寒二温の有様でなかなかヌクヌクしてこない、もう体はとっくに春を求めているのに今年はサクラも遅そうだな。花見など毛頭したい訳ではないが(ウソ!)、旬の山菜のあの強いアクと香気を早く味わいたいなぁ。冬の固まった体には元気の呼ぶ源だから。
それにしても、今年は長く厳しい寒さだった。そろそろ異常気象にも慣れ親しんで?!異常を異常と感じなくなってきた異常さでも、今年ほど雪の怖さ恐ろしさを思い知った年はないだろう。日本海側の人々はどんなにか大変な冬であったろうか。
初めて友川カズキさんに会った頃に、彼の言っていた言葉を思い出す。
「雪には、黙っていても溶ける雪と、黙っていては溶けない雪があるんだナ。黙っていては溶けない雪は、溶かしていかないと生きていけないんだ、雪にヤラれてる、雪に殺されてる、って感じなんだヨ。だから、黙っていては生きていけないんだ」
う〜む、これかぁ!!、もちろん異常気象の雪の話ではない、雪国での話である。秋田生まれの友川カズキも、青森の三上寛、寺山修司も雪国育ちのパワーのヒミツを見たような気がして感動して聞いていたのだった。
そうか、溶けない雪は溶かしていかないと生きていけないのか!! この言葉が後のボクの道筋を決定づけたと言ってイイ。当時、大江健三郎が閉ざされた状況の中に生きる青春の有様を描いていたように、東京で暮らすボクたちもまた、雪に殺されているのと同じ閉ざされた状況であったのだ。希望を見いだし、高揚した気持ちで進んで行っても、必ず何か悪意に満ちたものが立ちはだかり、それはたちまち萎えてしまう、やがてインポテンツのように高揚することを忘れ、無抵抗なおとなしい羊と化す。ズボンを下ろし裸のお尻を差し出すのだ。無力感と無気力が漂っていた。三上寛の”開く夢などあるじゃなし"が身に滲みていた。 そう、黙っていてはヤラれてるのと同じなのだ。肩まで伸びた長髪を切り落とし屈辱と汚辱にまみれて就活に勤しむしかなかった若者たちに "生きてるって言ってみろ! "、”書を捨てて町に出よう" がどれほど衝撃的、かつ挑発的な言葉であったことか。
しかし、一方時代は高度経済成長を邁進していた。企業は若い労働力を求め、大量に採用し、企業戦士を育てていった。勤勉なお父さんたちは家族を守り育てていくために、世界へ買い付けに出かけ大量の木を切り倒し未曾有の環境破壊を生む引き金となった。添加物だらけの食べ物を大量に生産し巨大スーパーを育て、日本の食文化と食環境を破壊した。自社製品は危険だから家族には絶対口にしないように注意を促しながら。自分の家族を守るために、少しも悪くは無かったろう、しかし何が守れたのか?やがてバブルを生み、すべてはじけた。
「そんな繁栄絶対ウソだ!!」とボクは言い続けて来たが、当時は浮かれていて誰も耳を貸そうとしなかった。新聞の勧誘に来たおっちゃんにまで「そんな事やってると時代に取り残されるよ」と笑われたくらいである。どれだけ資産を持ってるかよりどれだけ借金ができるのかが、その人の価値基準であった。ライブハウスもスーパーマーケットと化した。そのスーパーや銀行も倒れ、借金をしまくった奴に公的資金が投入され、経済成長を支えてきた自動車産業の一翼も身売りし、勝ち組、負け組が明瞭になってきた。企業は自らが生き残るためにリストラを繰り返し、偽装工作し、若者の新規雇用も縮小された。結果ニートの増加を生み出したのだ。考えてみると70年代が今のような雇用状況であったなら現在の数十倍のニートが生まれていただろう。家庭の問題とかに起因するニートなんてごく一部に過ぎない気がする。現在の若者を取り巻く時代の閉塞感は、第二、第三の永山則夫を生む危険さを内包している。にも拘わらず、この明るさは何だろう。
誰でもみんな起業出来る、とかグローバルな展開とかが怪しいのだ。もっと世界の現実を自分の目で見て欲しい。グローバルなどという地平は、一つ間違えば、満州に進出していった戦前の侵略行為と変わらないのだ。世界を第2のバブルに巻き込むな、チベットに高層ビルを建てるなとブログれたい!! 自らの閉塞感を誤魔化さず、溶けない雪を溶かしていかないと、生きていけないのだ。
最近、友川さんはアピアのカウンターに焼酎の「明るい農村」を見つけ愛飲している。ふざけた名前の酒だと怒りながら口にして「うまい!!」とすっかり虜である。日本のどこを捜しても「明るい農村」なんてないのよと言いながら・・・。過疎化していく農村の暮らしはどこも切ないものである。子供のいなくなった小学校は老人ホームに転用されている。それはそれで有意義な事だが、子供のいない村の暗さと活気の無さは隠せない。これが少子化を辿る今の日本の真の姿そのもではないか。
2007年、どのような就活と世代交代が行われるのか、日本の遅すぎた春を待ちたい。
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