発行・ライブハウス/渋谷アピア
アコースティック情報誌「あたふた」 Vol.100 2005.7月号

《渋谷アピア35周年に寄せて》
幻滅から始まる志。ロックは三十路から!
チバ大三

 『アイデン&ティティ』。昨年の映画、やっと最近観た。20年ほど前の日本のバンド・ブームは何だったのか?って話。そしてブームに夢を見て振り回され自棄になりかける主人公が、自分の“ロック”を取り戻していく話。
メジャーに生き残る事と、ロックし続けて生きる事のズレに、主人公は悩み続ける。この場合の“ロック”とは音楽性以上に、状況に流されず、感じた事に忠実に生きていく、そんな意味。人によってはそれが“パンク”だったり“フォーク”だったり“詩”だったり“芸術”だったりするんだろう。きっと表現者の誰もが、そんな内なる叫びを支えに立つのだろう。そこに“評価”が絡んでくる。売れる為に…大なり小なり、状況を考えるようになる。生活の不安が絡んでくる。そして話がややこしくなる。
『アイデン&ティティ』は、バンド・ブームのお祭り騒ぎが、いかに大人によって作られた子供向けの、遊園地みたいなモンだったかを描く。キラキラ華やかなサウンド、装飾、売り文句。日本経済のバブル期に、生活を知らない子供達の多くが、何かに成れそうな、出来そうな気になった。そして、生活を感じ始める20〜30才の中で、皆卒業していく現実。…現実と書いたが、現実と呼べるほどの“実体”がそこに存在したのだろうか?ただ“夢”という名の幻に浮かれ、“安定”という名の幻滅を手に入れただけではなかろうか?いったいバンド・ブームで何が出来たんだろう?子供達の熱狂を操作して稼いだ大人達が沢山居た事だけは確かだが。

バンド・ブームなんて20年も前の話だから、全く知らない若者も多いんだろう。現在36才の俺だって、当時は田舎の高校生、宝島なんかを読み耽り妄想しながら、ライブハウスの無い岩手盛岡で、公民館を借りたり学園祭で、コピーバンドをするのがやっと。妄想は膨らみ続け・・・
東京に出てきてバンドに加入した。もうバンドブーム末期の頃。売れるとかより、とにかく思い切り演れるバンド、納得できるバンドを目指した。ベース→リードギター→ボーカルと、俺のパートが変わっていった。演れば演るほど、歌えば歌うほど、ワケがわからなくなってきた。いや問題がわかってきたんだろう。この歌のこの部分でギターソロが必要なのか?この歌に強いビートは必要か?メンバー各自、曲へのイメージにズレがあった。そのイメージは大概、洋楽なんかのお手本があった。皆バラバラに遠くを見ていた。アレンジばかりに時間を割いた。
27才、俺は一人で、拾った白いアコギにセーターと靴下を着せて、渋谷アピアのオーディションに行った。
ソロで歌ってみてやっと!自分が何を歌いたいのか?歌えるのか?歌うべきなのか?なぜ歌えないのか?…深い所が見え始めた。誰のせいにも出来ない、それがまた新鮮だった。そしてバンドを解散した。バンドの頃は思えば、欲深いなら良いが欲多かった為、結果、気苦労も多岐にわたり。いつも心の中で、誰かのせいにしていた。10代の頃には、まさか売れずに30歳越えて音楽中心の生活ができると思っていなかった。27才でアピアに行ったのも、最後の挑戦のつもりだったかも。今じゃお笑いぐさだ。やっと!歌え始めたんだから。辞める理由は何も無い。

『アイデン&ティティ』では、主人公が生き迷う時、エンケン(遠藤賢司)扮する“ロックの神様=ボブ・ディラン”が、ハープで問いかけてくる。俺がアピアに出始めた頃の“神様”は、アピアのマスターでありママ(故)であり、アピアという店の厳しい空気だった。誉められた記憶はほとんど無い。ただ悔しいから、続けられたのかもしれない。「20代は勢いだけでもいいのよ、かわいいから。30過ぎたら“志(こころざし)”しかないわよ。目先の事よりもっと先を見なさいよ。」今もママの
言葉を思い出す。
そして、どこか“特殊な人”と思っていた、ミチロウさんや三上寛さんや友川かずきさん達が、同じ舞台に立つ対等な人であるという事が分かって来た。年齢なんて関係無い、のではなく、昨日より今日より明日、もっと歌えるようになるかもしれないのだ。
そして経験は人をたくましくする。36才にして「生活?どうにでも生きていけるモンだよ」と言い切れるね俺は。

ところで、日本ロックへの大多数のイメージは、バンド・ブーム以前、GSの頃から現在まで、若気のいたり、子供向けの遊園地だ。夢だの自由だの恋だの切なさだのが、ウワズミのようにとっかえひっかえ、流れては消える。それで商売しているのは大人だが。大人のためのロックは、なかなか表に出て来ない。ではロックファンな大人は何を聴くのだ?おそらく洋楽の大御所達…ディランやストーンズやクラプトンや…彼らの日本公演は大変な盛り上がりを見せる。バカ高いチケット代払って巨大な会場で遠くから眺めては「今日のクラプトンは調子悪そうだったね」なんて軽く話せる。内容より“ブランド”だ。
一方、日本ロックの先駆者・大ベテラン達への評価はどうであろうか?『アイデン&ティティ』で“ロックの神様”がディランではなくエンケンでも良いのではないか!?俺は思った。あの映画では図らずも、日本ロックがまだまだ文化として借り物で、根付いていないかのようにも、思えてしまう(とりあえず主人公の歌!ディランに食われまくっているぞ〜)。本道はあくまで欧米にあるかのように。俺が30越えたら活動なんて出来ない、と思っていたように。そう思い込ませる空気は、大人達の側から発せられ、子供達にインプットされ続けている。歌はロックは表現は、時として社会を揺さぶり、変革するモノだ。保守的な側からすりゃ、一時の子供の夢・一時の熱病として、扱いやすい商品ワクに納めておきたいモノだろう。勢いだけの“エネルギー”はその方向を操作しやすいからだ。
それに比べて、幻滅を知ってから始まる30代以降のロックの“志”は、手に負えないぞ。幻滅の上に成り立つ“安定”を破壊するチカラ、会社人間的な歯車を狂わすチカラを秘める。日本経済にも打撃を与えかねないぞ。…そう考えだすと、ワクワクするね。それがロックの本質でしょう?そして、日本ロックの先駆者達は、商品化に困る業界を尻目に、日々、独自の志に満ちた深化・凄まじい爆発を続けているのだ。エンケンさん、ミチロウさん、寛さん、友川さん、早川義夫さん…。こんな50代は今まで日本に居なかった。誰も止めるすべを知らない。人々の意識の深いところで何かが変わりそうな、予感。こんな時代に、俺も歌をやっていて良かった!

そして渋谷アピア35周年、いや35執念か。「あたふた」は100業忌念ですな。

静かに、確実に、ますます心の熱狂を生み出し続けていくのでしょう。おめでとうございます。今後もよろしく!


チバ大三・ライブ予定
《10連チャン!!“キムチの鞭”ツアー》
7/29 福井 HALL BEE“独唱パンク福井編”
7/30 名古屋 clubBL
7/31 大阪十三 テハンノ“独唱パンク大阪編”
8/1 京都 jazzinろくでなし
8/2 大阪弁天町 吟遊詩人
8/3 神戸 BACK BEAT
8/4 京都 都雅都雅
8/5 姫路 マッシュルーム
8/6 静岡浜松 LUCREZIA
8/7 静岡富士 アニマルハウス
8/16 渋谷アピア
8/31 大久保HOT SHOT“独唱パンク東京”

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