発行・ライブハウス/渋谷アピア
アコースティック情報誌
Vol.119 2007.2月号
「ファイアウォール?いつから肉が??」
(Nezi-MakiのKemu-Maki愛弟通信)
入浴ということについて君が思い浮かべること---油、汗、垢、どろどろとした水、ことごとく胸が悪くなるようなもの---これと同様なのが人生のあらゆる部面であり、すべて眼前によこたわるものである。(マルクス・アウレリアス)
やはり、部屋に帰っても肉はそこにあった。出勤時にはあまりに唐突な出現のため黙殺を被ったあかあかとした生肉。それが夕方になってもある。
「これじゃ、肉の部屋だ。」と内心つぶやいて、とりあえず足元の肉を手にする。ほんのり脂身の桜色が差した---これは牛肉だろうか---ほぼ2センチほどの厚さの肉が手のひらに冷たい。---何せ真冬だから肉も抑えられた速度で、現在も遅々とした腐敗過程を歩んでいるのかもわからない、透明な肉の繊維を光にかざし、眺めながら、そう声に出す。壁に張り付いたロースと思わしき分厚い肉に映る、我が陰鬱げな顔。
このような生肉が、私の、狭いながらも大切な4畳半全体を覆うように横たえられているのには、とても辟易する。畳を覆い尽くす厚さ2〜3cmほどの肉達、もちろん本棚にも、背表紙の半分の高さまで切り落とし肉が積まれ、棚の上面からも垂れる。PCのモニターにも液晶を覆い隠すように貼り付けられた薄切り肉。デスクライトの照明部には均衡を保った状態で乗るブロック肉、その上にサイコロ肉。片付けないと、本も読めない。
ゴミ袋を出そうと押入れを開ける。ゴミ袋の上には一片のラム肉。赤さが全然違う。それを退け、ごみ袋を取り出す。狭い我が部屋一帯に沈殿する畜肉どもを、詰め込んでゆけ。
肉を詰め終え、ビールを飲み、寝る。翌朝、窓からすがすがしい日差しを受け目を覚ますと、また肉。窓には青空が見える。警察を呼ぶ。
いつから肉が?「昨日の朝からなんですよ、いっぺん片付けて、今朝また復活したんでね、笑ったですよ、あ、夕べまず笑ったですよ。」ああ、肉こんなにあったら食べきれないでしょ。「いや、もともと出所不明の肉ですんで食べずに捨てますよ。」めったいない。「今めったいないて言いませんでした?」いや、はい。「でも食べてもいいんだけどね。」
実際に食べるとうまいのはうまいのだが、なんとなく罪悪感が芽生える。取材陣、刑事、警部、大家さん、そろって何か罪悪感を感じたという。夢のない時代に産み落とされた子供たちへの、地方の孤独な老人への、搾取され続ける第3世界、期待して自分を育ててくれた親、ソマリアに潜伏するリアルゲットー、リトルアルカイダー。皆へのわるい気持ち。美味しいことには違いないのだが。
野次馬が肉を平らげ、皆が帰った後残されたものは満腹感、罪悪感そして拳銃だった。
これはあの警部の忘れ物だなぁ、と見ると弾倉には「フジテレビ」とある。マスコミというのはヤクザのようなものだから、と納得する。
翌朝目が覚めると肉。俺は、その最も分厚く積んでありそうなところから手当たり次第に肉という肉を撃ちまくる。見る見るうちに赤の無地が鉛色の水玉模様だ。硝煙が舞う。背表紙が見え始める。サイコロが落ち、ブロックはその上にドサリ!モニターが破れ液晶ドボドボ、ニュメリック=メタリック=クリスタル!BGMがわりのTBSラジオが聴こえる???まっったく仕様がねえ婆あだなあ!あら、僕どこから来たの?大宮?大宮と比べてここどう?お前には聞いてねえんだよ、婆あ!今にも死にそうな顔しやがって、仕様がねえなあ!ゆうりちゃん!
私はつぶやく。「----しょうがない。どれだけ穴を穿ったって、(中略)しょうがない。」
硝煙と肉汁と液晶舞う一室で、私は泣く。そしてこう決意する。
「もうこれから、肉と生きていく。」そう、これから、この肉と生きていくのだ。 終
どらねこ屋
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