発行・ライブハウス/渋谷アピア
アコースティック情報誌 Vol.132 2008.3月号
奇跡に感謝
カトマンズ〜ポカラの旅  土佐拓也

 2007年12月23日 AM1:15 関西空港発タイ・バンコク経由ネパール・カトマンズ行きTG320便。何百トンもの鉄の塊が優雅に空を旋回する。それは一瞬にして空港の明かりを大阪の夜景へと変えた。文明の力を感じる。これから先待ち受ける壮大な自然、日々を何とか生き繋いでいる大衆のドロドロしさの裏にある活力や笑顔 はその時想像もできなかった。

 今回の旅を通して、音楽人として得たものはあまりにも大きく、腹の底から生命の壮大さを感じた。タイ、バングラディッシュを越えたあたりから目下には大いなる川が悠然と止めることなく流れ注いでいるのが見えた。インドをはじめとするヒンドゥー教国家の礎を築いてきた川。そう、これがガンジス川。しばらくすると雲のじ ゅうたんに阻まれその川は姿を消す。それは「退屈」の二文字を誘う。数分後の自分の心の高ぶりなど予知できるはずもなく。そしてその時は来た。右前方の雲海を遥かに見下ろす山々の頂。それは果てしなく続く。蜃気楼なのか...。いや、鼻の上のこの両方のレンズで捉えた大パノラマはまぎれもなくヒマラヤ山脈だった。 ネパール・カトマンズ着。空港を出てすぐに目に飛び込んできたのは、日本を始めとする海外で使用済みとなった車に溢れんばかりか屋根の上にまで人が乗っている姿。それが、けたたましいクラクションの連続を生む。道路の整備はいきわたらず、砂埃と乾燥は僕の喉を容赦なく襲う。路肩には目まぐるしく露店が立ち並び、果物 、衣類、香辛料や頭を落とされた鳥が人々へとさばかれている。川岸には火葬場が在り、焼かれた人の灰は目下の川へと還される。川に投げ込まれた棺桶を子供が盗んでゆく。生きるためにそれを売りに行くのか。その横で洗濯やその川の水を飲む人々。対岸には金持ちの観光客が高価なカメラでそれを捉えている。それを狙って子 供たちが物乞いをしてくる。生とは何か。死とは何か。その二つは対極でありながら、隣り合わせの存在。今、僕が生きているその隣には死といういずれ訪れるものの存在があることを、その現実からは誰も逃れられないという運命を、この肌身をもって痛感させられた。あらゆる人間のサガが集結したこの「パシュパティナート」 という場所。その複雑さゆえ、ここで僕はシャッターボタンを押すことができなかった。
 カトマンズは多くのヒンドゥー教や仏教寺院が点在する。そこには歴史や文化が満ち溢れ、ただ絶句するのみであった。場所を移し今回の旅の第二の滞在地「ポカラ」へ。ここはカトマンズとはまったく違った街。自然が豊かでのんびりとし、 ヒマラヤを最も近く肌で感じられる街。湖が広がりその畔には多くのロッジがある。そしてなにより富士山の2.5倍の高さを誇る世界最高峰の山々の連なりには、人間の無力ささえも感じさせられる。人はあまりにも壮大な景色に出会うと涙できる。それを改めて感じた。今回滞在した二つの街はまったく違った表情を見せてくれた 。しかし、命を必死に紡いでゆく。その姿は共通していた。
 
 僕はこの旅の前、ニューアルバムのレコーディングを終えたばかりだった。10曲入りフルアルバムのリリースは2008年2月。タイトルは「human being」。つまり「人間」。今回のアルバムのコンセプト、いや、自分の歌そのもののコンセプトは生命の連なりを表現し、その尊さを実感すること。限りなくゼロに等しい確立の中で生を受け、今を支えてくれる人たちに出会う。その奇跡に感謝したい。今回の旅のメインポイントもそうだった。2年前の自主制作シングルCDから 約二年。その間に得たものはあまりにも大きかった。音作りにしてもそうだろうし、歌詞にしてもそう、それ以上に自分の内面を一曲にどう込めていくのか。そのスピリチュアルな部分の成長が大きかった。それを放出したいフラストレーションにも似た想いが爆発した。そして、豊かなサウンドに混じるボーカル。痛いほどの心の 叫びが感じ取られる最高の一枚に仕上がった。じっくりと、静寂の中聞いてほしい。きっと、生まれてきたことに対する感謝の気持ちが胸いっぱいに広がるはずだ。

「human being」
販売価格2000円(税込み)

1.BALI
2.hungry butterfly
3.花火
4.Like that ball and bird
5.インティ・ライミ〜太陽の祭典〜(Instrumental)
6.さみしさブルース中野にて
7.改札を抜けて気付くこと
8.東京モンスター
9.smoking area(弾き語りLive収録)
10.human being


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